2013年08月20日

Fender Blues Junior の修理

 時事の事はここでは暫く置いて、本道に戻ります。
先日、若い頃、ギター少年だった頃に僕のアイドルだったギタリストが、道でアメリカ兵に殴られて死んでしまったので、自主的に喪に服していたのですが、喪が明けつつあるので、ブログを本筋に戻して再開しようと思います。けっこうネタはたまって来てますので。



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 Fender Blues Junior の修理をしました。先日友達になった超絶ギタリストのアツミくんの依頼です。この間彼がうちに遊びにきたときに『ここは大丈夫だから』と彼の車をうちの前に車を止めさせたんですが、見事にミドリムシ(orゴキ)にやられてしまったのです。そのお詫びがこのギターアンプの修理です。



 彼は1年ほど前に京都に移住してきたらしいのですが、すごいギタリストです。僕はこんなにギターが弾ける人に生で会ったのは初めてだったので、『もっと弾いてもっと弾いて!』と、夜中なのに僕のギターとアンプでかなりでかい音で長い事ギターを弾かせてしまったんで、うるさかったかも?通報されたかな?。でも、普段は近所の人とは仲良くて、ギターがでかすぎるときは『う〜る〜さい〜!』、『スンマセ〜ン』みたいな感じなので、それに向かいの家は休みの日はよくでかい音でカラオケやってるし、通報ではないかも。だとするとよけいに僕の責任は大きいわけです。



 アンプの状態は、バリバリと雷のようなばかでかいノイズが出るのと、何となくノイジーな感じなので、彼の楽器の面倒を見ている奈良の楽器ビルダーに相談したところ、”真空管を交換”との事で真空管をその楽器屋さん経由で買って彼が自分で差し替えたらしいのですが、真空管が新しいのに、小さい音でもぼろぼろに歪んでしまってもとよりさらにだめになった、、、とのこと。

 電話でこの話を聴いたんですが、だいたいこれだけで事前にざっくり診断はつきました。

 雷のようなノイズは真空ソケットが古くなって熱と振動でゆるゆるになっているせいです。新品に差し替えたら音が余計に歪むようになったのは、ソケットのかなり深刻な接触不良のせいか、もしくは新品の真空管が元から死んでいる。ノイジーなのは、ノイズが”ザ〜”系の音なら6割の感じで初段管の劣化、”ジ〜”系の音ならほぼ原因の8割は電源回路のダイオードとコンデンサーの性能劣化です。
 『元の古い真空管に戻して鳴らしてみて』との電話での僕の指示に、『戻したら使える程度に歪まなくなったけどノイズは元のまま』とのこと。ほぼ故障は上記の範囲で決まりです。
 後日アンプを彼の家に引き取りにいくと、グルーブチューブの赤いロゴが真っ白になった、文字通りとうの昔に”灰になってしまった”EL84が刺さっていました。ギターアンプでEL84は寿命は短いです。

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 修理前です。真空管は”新品”の方に差し替えてます。真空管が二本指で軽く抜き差し出来るほどにソケットが緩んでいます。鳴らした状態で真空管を揺すると、雷ノイズが出ます。ソケットは見た目きれいですがガバガバです。シャーシ内に2003年製造の表記があります。

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 解体を進めます。真空管ソケットはサブの基板に載っていて、平行線で結線されています。真空管アンプの出音には良くない配線方法ですので、この契機にサブの基板をやめて配線をやり変えてしまう事にします。

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 結線をメモりながらコネクターを基板から抜いていきます。

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 メイン基板をはずしました。

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 外した基板です。真空管への結線がPCに使うような帯状の平行線、さらにサブ基板にソケットが載っていると、アマチュアのオーディオマニアから見ると全くあり得ない作りです。プレートとグリッドの配線が隣り合ってます。プレートとグリッドは、電位差が数百ボルトとかありますし、しかも信号が逆相なので近づけてはいけないのです。カソードとグリッドは近くても大丈夫です。

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 写真では分かりにくいのですが、電源回路の一番頭のコンデンサーが微妙に楕円になっています。液漏れ寸前と思われるので交換です。あとは高圧回路のダイオードも交換します。壊れていなくてもこの2つが”ジー”音ノイズの原因の事が多いです。

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 基板裏の部品の足を曲げる方向がまずい。機械組み立てだからしょうがないのでしょうが、真空管の回路はいたるところ電圧が高いので隣との配線間の距離が近いのはまずいのです。足の曲げ方向を修正しながら半田を全部盛り直しました。

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 新しいソケットを取り付けて配線の途中です。ガイシ(磁器)でできた熱に強いソケットを使います。別に高価ではありません。

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 回路を読みながら配線の検討中です。メイン基板からソケットへ直配線に改造します。配線の間が離れるので音が微妙にシャキッとするかもしれません。不用意に電線を束ねたり基板を詰めて小さく作ったりすると音がドロッとした感じになるような気がします。

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一応修理完了です。電源のコンデンサーは手持ちの関係で47uFから200uFのブロックコンデンサーになり、かなり大きくなっています。ダイオードも高圧電源の部分のものだけ交換しました。ダイオードやトランジスターは、意外と壊れていなくても劣化します。

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 組み立て直して鳴らして見ます。ノイズは全くなくなりました。小さな音でしか鳴らしてないんですが、カリンカリンのくせにプリンプリンみたいな、いい音がします。EL84ってギターアンプではすごく良い音しますよね。

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 交換した部品です。製造から10年と、まだそんなに古くないのと、元の音の素性は変えないようにとのことで余計な部品は交換しませんでした。死にかけのコンデンサー1個と、ダイオード4個と真空管ソケットです。ソケット周りのサブ基板は、せっかく手仕事で修理するんだからこれはやり直しておくべきでしょう、、、って事で。
ラベル:修理
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2013年08月16日

石井紘基さんを知っていますか?

 石井紘基という政治家がいたのを知っていますか?
ちょうど10年前、自宅で暴漢に襲われ殺されてしまった日本の政治家です。

石井紘基刺殺事件




 これらを見ると、”ポア”された?と勘ぐってしまいます。『右翼団体との金銭トラブル』が原因で殺されたそうですが、日本では右翼団体イコール”悪”でイメージが固められているのはなぜなんでしょう?
 石井紘基さんが2003年当時、野党民主党の議員として、国の特殊法人(あまくだり)と特別会計(国の裏帳簿)のごまかし(事実上の横領?)について、”既得権者支配国家日本”がひっくり返ってしまうような何らかの事実をつかんでいた。”日本”を守るために殺さなければならないほどに決定的な何かだったと思うのです。

 その後、その民主党が政権をとった際に、当然民主党は石井紘基さんが国会で暴こうとしていた事の内容を知っていたと思われます。それで、石井紘基の得たネタで官僚と天下り機構をつぶすと脅して従わせようとしたのが鳩山、小沢さん、この二人を裏切って売ったのが管さん、野田さんなのではないかと僕は見ています。さすがに大物すぎて殺し屋に殺させるのは危険すぎたと。

 一部の官僚と政治家が密室で国を動かす、、、スターリンが乗っ取り育てた旧ソ連と全く同じシステムで動く官僚制社会主義国家 ”日本”。
 かつてオウム真理教は、図らずも、ほぼスターリンのソ連のミニチュア版のようだったと思うのです。今の日本はオウム真理教みたいな国だと思います。そして、それは戦前からそうだったと思うのです。”官僚制社会主義システム”こそ、古来からの日本の本当の姿、”日本の国体”の裏側の顔、つまりは真の姿なんじゃないでしょうか?

 “黒い霧”がたちこめる空の下で暮らすのはもうごめんですが、彼らは言います。『幸せに暮らしたいなら阿呆でいなさい。あんまり深くは考えてはいけません。毎日”あまちゃん”でも見ていなさい。』と、、、。

 8月15日に言いたい事はそれだけです。




ラベル:時事
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2013年08月14日

日本ってなに?

『日本ってなに?』

明確に日本って何なのかを今答えられる人っていますか?

僕は日本っていう国に”日本人”として生まれ育ったんですが、完全に見失ってしまいました。
自分のルーツ、アイデンティティーをすっかり見失ってしまったようなのです。
いま、僕にとって祖国日本は、みにくい、汚らしいものに見えています。

 国家とは、その社会において経済的に支配的な一階級が、自己の利害を全社会に押しつけ、自らの支配のための「秩序」を防衛し、かくして政治的支配をおしひろげるための機構である。

どことは言いませんが、引用しますが。
少なくとも戦後の日本はその通りなのかもしれない。
僕らは、なにか騙されている。

、、、ような気がする。


以前に、『選挙で自民党にいれる人たちを僕は嫌悪します』と書きましたが、
まるでそれは豚たちがが自分たちを飼う精肉会社に投票するようなものに見えるからです。
今日えさ箱にえさを入れてもらうために。

忌野清志郎は、満員電車に乗る背広たちを”豚ども”と歌いましたが、
人間なら、本能的に自然に、”豚ども”に見えるのかも知れないと思うのです。
特にまだ社会に戸惑う、、、(まだ人間な)、、、若者たちの目には。
子供たちが当たり前のように着てる、ブレザーやセーラー服も、豚養成服なのかもしれないね。
でも、『あんな服は決して着ない』っていうささやかな抵抗しか出来ないんだけど。
国に豚みたいな扱いをされても、せめて心の中ではそれを受け入れたくはないしね。
”社会”が掲示する理想型を追いたくない。



NHKの”あまちゃん”を見て、えも言われぬ虫酸がはしります。
朝ドラは日本の国民に対する理想型の掲示の一つだと思います。
かわいい女の子をだしに使って、、、
だからあんなものは受け入れない。
”幸せの形”は教科書やテレビからではなくて、自分の実生活から紡ぎだしたいって思う。
もし人々が”あまちゃん”を無視する世の中になれば、日本に未来への光がさすのかもしれないと思います。

 僕には21歳と18歳の息子たちがいるんですが、
彼らには、『学校の先生は信用しちゃいけないよ』って言ってきました。
『学校の先生って、小学校、中学校、高校、大学を卒業して、そのあとまたずっと学校にいるんだよ。”大人”には違いないけど、年取った先生でも学校以外の世界を知らないんだから。だから、先生から自分が面白いと思う知識を学びなさい。先生からたいした人生は学べない。でも友達関係の為に学校へ行きなさい。』って。
日本は、なぜ先生たちが社会経験を持てないような教育システムを改めないんでしょうか?



お盆、もうすぐまた終戦記念日です。
安倍総理は靖国神社へ参拝するのでしょうか?
それとも都合に信念を曲げるのでしょうか?
”日本を取り戻す”と唱うのなら、靖国神社に参拝しない事は”ヘタレ”でしょう。

子供の頃、中学の日本史の教科書に太字で載っていた、
”天皇の人間宣言”を、僕は?と感じたのです。
教科書にはマッカーサーと並んで立っている昭和天皇の写真が載っていました。
その1枚紙をめくった前のページには、神風特攻隊の記述があるのにです。
これが僕の中にくすぶり続けている日本への不信の最初です。
日本の歴史の教科書に”おかしな事”が書いてあったのですから。

”人間宣言”で 
天皇陛下は、靖国神社にいる英霊を裏切ったのでしょうか?
三島由紀夫はそういい切っています。
自分の死後に自分の愛する国の神様が自ら『今日から私はこの国の神ではない』と宣言した事を
数百万の死んだ兵隊や市民たちは、どう思っているのでしょう。

昭和天皇には、人間に生まれた文字通り”人間”として、生への固執があったと思うのです。
生き神様として、国家元首としての、数百万の自国民の死への責任を語らないまま、天寿を全うしました。

 天皇の敗戦後すぐの『人間宣言』は、戦後の日本を、道義を通さなくてもよい社会にしてしまったのではないでしょうか?
それとも、”天皇のため、国家のための国民”、もともと天皇は国民を背負ってはいなかったのでしょうか?もし戦死者への責任を感じていたなら、心ある人ならばきっと自らの顔の死相を拭えない。穏やかな微笑みは無理だと思うのです。広島と長崎の原爆投下について、『あれは仕方が無かった』と語る昭和天皇のインタビューフィルムが残っています。youtubeで見る事が出来ます。人としては非常に特殊な、本物の友情や愛情に恵まれにくい環境で生きた人なのだと思います。
 家族を思い、日本の国民を思い、自分の身を捧げた若い神風のパイロットたちの方が、太い太い信念が背骨に通っていたように思うのです。

 この戦争をうやむやなままに、もう遠い昔にすんだ事と、、、まるで無かったかのように日本が今ある事にすごく違和感があります。
 今の日本にとって、”戦争の総括”は絶対避けなければいけない事です。当時の支配層の人道的な罪はあまりに重すぎるからです。彼らが生き残るには、何としてもうやむやにやり過ごさなければいけなかった。今教科書に載っている、戦勝国の担当役人と天皇が列んで建つ写真の意味は深いものがあります。日本で”総括”という言葉がが悪しき響きを持つのも、そのせいかも知れませんね。

 いま日本で、支配層や特権階級でないのに安倍自民党を支持するのなら、それは人の形をした豚です。








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2013年08月10日

原爆の日、戦争反対

 今日は長崎に原爆が落とされた日です。僕がかつて在籍したバンド”SOFT"は、今日は原爆の日関連のイベントで長崎でライブしているそうですが。
 長崎市長の「平和宣言」を文章で欠き起こし他ものをネットで見つけて読みました。
安倍政権を批判した長崎市長の平和宣言 (きっこのブログ)

 それにしてもこの阿修羅という掲示板、時々読んでるんですが、いろいろな意見や思想が無節操に錯綜していて、これはもう日本が一つになるなんて到底無理だと思ってしまいます。投稿者にもコメントにも若い人は少ない気がする。少数のけっこうな年配の思考の円熟と、年を重ね、長年かけて無能に磨きをかけた馬鹿たちって感じですね。

 長崎市長は、言外にですが福島県で起こっている事を非難している。今再び福島では数十万、それ以上の人々が”被爆”しているのですから。あそこでキノコ雲が空に上がったのを僕はテレビで確かに見ました。
 自民党、安倍総理はいま日本の何を取り戻すと、町中に無節操に貼られたポスターで言っているのでしょうか?法人税を下げて大会社を助け、消費税を上げて個々の国民からの直接集金を強化し、年金はほとんど横領と言ってもよいような使い込みでなくなり、、、憲法を改正して、いずれ強い日本軍を復活するって言いますが、その反面、”わざと想定を外しておいた想定外の事故”で私たちを被爆させている原発は日本のために重要だと、、。それでも民主主義だと、、、。、。
 ”自由民主党”と大きな看板を掲げ名乗っていますが、どのツラ下げて民主主義を口にするのか?馬鹿も休み休み言えって思ってしまいます。


 原発が54基も日本中に建っている以上、今、日本は戦争は絶対に避けなければいけないはずです。出来ないのです。戦争になって、敵の空爆で原発がまた爆発した場合、お上たちは”想定外”として責任を逃れる事にもはや意味は無いのですし、そのときは日本はいよいよ国土を失ってしまいますから。 ”自民党”にはその事が見えないのでしょうか?不都合な現実は見て見ぬ振りをしているのではないでしょうか?偉いさんだけは不都合な現実から目をそらす事が許されるのも気高い大和魂のうちなんでしょうか?
 だから、かつて戦争継続のために国民に”勝っている”と嘘を言った大日本帝国を僕は信用ならないんです。大和魂はいつからか利己主義者たちの道具にされてしまっていたんだと思います。いま、自民党が国民を操る道具として”愛国精神”を再登板させようともくろんでいるのなら、彼らの語る”愛国”は偽物ですから国民が蹴って退けるべきだと思います。


 ”自民党”は、強い軍国日本をもう一度再現する夢を語る上で、北朝鮮が旧ソ連製の誘導ミサイルを持っていることを、日本国内の原発事故の想定として無視するつもりでしょうか? 原発を即刻撤去しない限り、今の日本に一部勃興しているにわか右派思想は根元の根元から浅はかだと思うのです。
 戦争を語るのなら、図らずも、アメリカの押し付け憲法だろうが何だろうが、憲法9条だけが拠り所だというのが現実だと思います。福島原発事故は原発の自爆用兵器としての能力を世界に示しましたし、韓国や中国が今日本に対して強気なのもそこだと思います。敵国が、『浜岡原発にミサイルを撃ち込む』と日本政府に通達するだけで日本は白旗を揚げて降伏しなければなりません。それに、中国が本気で怒ってしまったら日本は終わりです。中国は国土は広大で資源あり、人口は10倍ですから、国が一つになれば軍の規模も日本の10倍が可能です。核武装や報復の核攻撃も、広い中国相手では意味がありません。もし核戦争になれば明らかに日本が先に地上かから消滅します。 核戦争になっても日本は中国に確実に負けるのですから、日本の核武装は”抑止目的”の要すらも成さないという事です。戦争屋から見れば、広島、長崎や、過去の人類の数千発の大気圏内核実験の歴史から、”地球上では小さな核ミサイルを数発打ち合う程度の核戦争は可能”なのです。その数発で日本は降伏します。その事を”日本”は分かっていて隠していると思います。

 それ以前に、韓国にも”再軍備日本”は多分勝てない。韓国には長年プロの国防軍がいます。韓国人は男は全員兵役で白兵戦の訓練を経験していますし、みんな戦車に乗ったり機関銃を撃った事があるのです。”日本軍”が韓国と戦争が出来るようになるまで10年かかると思います。まして、彼らが言う『日本を取り戻す』の真意と思われる”アジアの大国日本の復活”には、50年とかの年月と戦争経験がどうしても要ります。旧日本軍の指揮官たちは、日清日露を経験して、それなりの歳月をかけて育った戦争のプロ中のプロ集団だったんですから。
 今、若い頃キャンディーズ親衛隊だった石破さんに何が出来るって言うんでしょうか?いくら強い武器があっても、戦場で人殺しの経験無しでは何が出来るんでしょうか? 21世紀の新生日本軍は上官も敵におびえて眠れずにおしっこを漏らすところから戦争経験を積んでいかなければならないんじゃないでしょうか?

 ”日本”は、再軍備を言うのなら、原発に攻撃を食らう事を想定していない時点で、また、”敗戦国日本”がまた戦争となれば国民が割れて大混乱になろう事が見えない時点で、政治家たちは明らかに知能不足(あるいは不都合な現実の無視)だと思います。それは必ず失敗や負けへとつながります。
 僕は自分がその上を行く人間だとは思っているわけではないのですが、僕が彼らに感じられないものは、”道徳”です。今まで数々逢ってきた、ある種の ”利己的で、ご都合主義で、思いやりの薄い人々”とよく似た目の光です。


 以前の記事でもちょっと触れましたが、僕は三島由紀夫の考え方には影響を受けるものが大きいのです。本もずいぶん読みましたし。
 1970年に、市ヶ谷で、三島由紀夫は、『もう一度226をやろう、清い日本国民のための国を作ろう、昔から日本を牛耳っている利己主義者たちをやっつけて追い出そう』って言っていたようにも思うからです。そういう意味で、全共闘とも『今だけはお互いナイフをしまって一緒に戦えれば?』と思っていたのかもしれません。相手が東大生では相手の立ち位置が低すぎてどうにもならなかったっていうのが現実だったんでしょうが。
 三島由紀夫が生前に”将来の日本”を語っていたように、日本はもう既に”国”じゃないのかもしれないと思ってしまいます。
 今、安倍総理大臣に、日本を背負う身として、期がくれば切腹も辞さないという気概がないのであれば、とても大和魂を語るには及びませんし、口先だけの人間だという事でしょう。彼や田母神俊雄さんなんかに賛同するひとたちも、自分が率先して兵隊になる事は当然の大前提としておくべきです。でもその場合、”日本国”に人間として扱われない事になると思います。
posted by dico at 04:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 反戦・反原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月04日

日本人を苦しめるのは誰なのか?

 日本人は、いよいよ一度”日本”を切り捨てたほうが良いのではと思う。それは、日本が福島原発事故を黙殺隠蔽しているから。それがいったいどういう事なのか?事故以来すごく考えるてしまいます。
 考えて考えて考えて、日本っていったい何なのか?日本の正体を疑ってしまっています。

 日本は、太平洋戦争に負けたときに、日本の支配層の中でも、ポリシーをしっかり持ってて一本筋の通った人たちは身を引いたか、下々の兵とともに戦死したか、自決してしまったんじゃないかと思います。 今の日本の支配者層の人たちは、敗戦後にすぐに手のひらを返して『自分は元々心のうちでは戦争には反対だったが言えなかった』的な主張したりとか、ほとぼりさめるまで雲隠れしていたような、つまり戦後の政治家や官僚っていうのは、大日本帝国がなくなったときに、即座に裏切ってとぼけて名前を変えて逃げて隠れて、そうやって生き残った戦前からの支配層たちの一部とその子息で、その正体は”スネ夫根性”的な集団なんだと思います。敗戦後素早くジャイアンを日本軍部からアメリカに乗り換えたスネ夫の集団がいま日本を牛耳っていると。でも正体は戦争の残りカスみたいなものなんだと思います。
 自民党はスネ夫党だと思います。昔から腰巾着として一歩後ろに立ち、失敗の責任を負わずに生き残ってきた人たちの集まりなのだと思います。常におこぼれに授かる事が出来て、失敗の責任からは逃げられる立ち位置です。安倍総理大臣は、表面上のキャラは漫画のスネ夫とは違いますが生まれながらのスネ夫的気質だと思います。少なくとも、例えば三島由紀夫のように、真ん中に太い太い芯の通った人間ではない。彼らのポリシーは不定で、その時々の周囲の情勢により姿を変え、向きを変えるように見えます。彼らは閣議で、未来のいろいろな場合を想定して、今後の自分たちのポリシーをどうするのか?を話し合っているのではないでしょうか?



 お金主導の世界(資本主義)では、嘘を言えて、人を裏切る事が出来て、苦労知らずで、日和見主義で一貫したポリシーを持たないっていうことは、とても強い事なわけです。
 霞ヶ関の正体は金と支配欲以外にポリシーを持たない”勝ち組”たちで、でも中身は、国民から集めた税金の山を奪い合いながらの蜘蛛の糸のカンダタの争いみたいな世界なんじゃないかと思う。だから福島原発事故の後始末も、『嘘を言ってとぼけてでも儲けにならない支出は出来るだけしない』っていうだけの単純な話で、法律の上に立つお役人”お上”気質としては対日本国民で赤字が出るような事は彼らの神経が許さないのだと思います。
 それでも、まだ欲しいもっとカネ欲しい、増税増税と欲目に際限がないのは、彼らはひとの本当の幸せからは一番遠いところに立っているからで、それに自分では気づかないけど満たされていないんだと思う。金と欲目の地獄絵図の穴の底から、遥か上のほうにいる国民たちを見上げてうごめいてるのかもしれないですね。
 今、東京電力は、自分たちの財産を維持したまま福島原発の廃炉作業からなんとかして降りる事を考えていると思う。ほったらかしで逃げてしまう方法を模索していると思います。お金を愛してやまない”資本主義日本”も、もしかすると夜逃げを考えているのかもしれないと思います。原発の事故処理は、背負ったものが金銭的に没落する事にになるでしょうし、誰に貧乏くじを引かせるか?的な争いが裏側にあるような気がします。


 だから、僕らが今イデオロギー云々とかで割れて議論を争ってる時じゃないし、それでは敵味方の線引きの方向が90度ずれてると思う。逆に支配者たちから見たら、下々の国民同士で愛国だのアカだの、原発要る要らんだのと争っててくれたほうが都合がいいから、国民が一つにならないようにテレビとかを通して争いをあおってきてるのでは?尖閣諸島も竹島も、日本側があおっているのではないかと思います。ニュースが必要以上に中国とか韓国とかの悪口を言ったりとかもです。中国は、強国になるために領土をこれ以上ほしがる必要がないように思います。むしろ日本の国民同士がごちゃごちゃと争い合う火種としての危機です。
 右翼団体の黒いバスが決して警察に捕まらないのも、共産党がれっきとした一勢力政党として存在できるのも、そういう事なのかもしれませんね。
 それでもし将来戦争になったら、国の非常事態を口実に法律を作って合法的に国民のすべてを略奪する事が出来るし、あわよくば自分が東条英機や山本五十六みたいになって勝ちたいって夢見てるのが麻生さん石破さん安倍さんではないか? もしまた日本が負ければ、蜘蛛の子を散らすように、とぼけて逃げて裏切ってトンズラして生き残ることが出来るし、亡国と引き換えに借金を踏み倒す事も出来るわけです。


 福島原発の事故後に、なお原子力産業の継続を言うのならそれは、その同じ口が言う『日本を取り戻す』と整合しない。侍、日本人、大和魂というところに照らせば、自害切腹の上さらし首が相当すると思います。国策原子力産業が亡国そのものだという事はいまや明らかですから。おそらく福島は原子力産業の無責任のために地上から消える事になるのではないかと思います。まして地震復興費や原発の事故処理がぬれ手に粟の利権化しているような現状では、”日本”はとても国の体をなしているとはいえないと思います。地震の復興予算が東北の被災地以外で計上されているなんて言う事は、業務上横領以外の何者でもないと思うのです。

 だから、とうの昔に腐ってしまっている日本のえらいえらい”お上気質”は三条河原にきれいに並べて置いておいて、立派な石碑でも建てておいて、本当の国民主権っていうところで新しい日本人のアイデンティティーを求めていければいいと思います。

 日本が日本人を苦しめてる事を日本人に気付かれててしまう事を今の日本は恐れてると思うのです。
ラベル:時事 反原発
posted by dico at 02:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 反戦・反原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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